金正男はいい人なのか?

 金正男氏がクアラルンプールで暗殺され、毎日のようにトップニュースとして報じられている。事件の真相はまだ不透明だが、北朝鮮ならそれぐらいのことはやるだろうというのが筆者の感想である。

 そうしたなか、何とも違和感をもった報道がある。それは金正男氏に会ったことのある二、三人の新聞記者が金正男氏の人物像を語る際の語り口である。

 彼らはこう言う。親しく酒を酌み交わしたり、メールに絵文字を使ったりする、明るく、人の良い、親近感を抱かせる人物だと。会った印象はそうなのかもしれないが、しかし、彼が中国やマカオで記者と談笑していられるのは、北朝鮮の独裁者・金正日の息子だからではないのか。

 その金正日は、何百万人が飢餓で死んでいることを知りながら核とミサイルの開発に入れ込み、武器や覚醒剤の密輸、スーパーKといった偽ドル札の製造で外貨を稼いでいた。金正男氏が海外で生活し、酒を飲んで日本人記者と和やかに話ができたのは、言わば北朝鮮人民の塗炭の苦しみと類例のない国家的犯罪によって得たカネがあったからではないのか。

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 また金正男氏は外の世界を知っているとか、自由を愛する人間だったなどという論評もなされている。そこには、現在の北朝鮮のトップである弟・金正恩と暗に比較し、そんな金正男氏なら少しはましだったのでは、さらには北朝鮮を変えてくれたかも知れないとの口吻すらうかがえる。

 確かに金正恩は粛清を繰り返してきた。叔父であり事実上のナンバー2だった張成沢をむごたらしく処刑し、軍の参謀長や人民武力部長も処刑している。金正恩体制発足以来、幹部だけでも七十人以上が処刑されていると韓国の新聞は報じている。

 それは、言うまでもなく自らの地位や権力基盤を確保するためである。しかし、そうした処刑や粛清は、最近始まったことではなく、初代の金日成の時代から続く北朝鮮の宿痾でもある。

 金日成(当時は金成柱)はパルチザンの一人でしかなく、終戦後にソ連軍が傀儡としてシベリアから連れてきた人物である。しかし、当時の北朝鮮では金日成派は少数勢力にすぎなかった。

 その金日成がいかに独裁体制を築くことが出来たのかというと、ソ連の力を背景に警察と軍隊を押さえ、当時最大勢力だった南朝鮮労働党の幹部を処刑・粛清し、さらには中国から帰国した延安派も粛清。最後にはソ連派もソ連に追放し、満洲パルチザン出身者を中心とする金日成派だけが生き残った。そんな果てしない粛清と処刑の結果「朝鮮労働党初代政治委員で生きのびたのは金日成以外誰一人いなかった」ということになったのである。二代目の金正日も、初代ほどではないが、権力掌握の過程で老幹部を粛清したり、韓国に亡命した甥をソウルで暗殺したりもしている。

 何とも残酷な歴史だが、こうした粛清や処刑なしに権力基盤を維持できないのが北朝鮮の体制だとも言え、金正恩とて変わらない。金正男氏が仮に自由を愛する、いい人だったなら、とても北朝鮮を変えられるような力を持てるはずもない。

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 北朝鮮の権力構造やその血みどろの歴史と切り離して、金正男氏に対する記者個人の印象を語るだけではジャーナリズムとは言えまい。金正男氏がいい人であるかのような報道は、日本のメディアが北朝鮮が国連の制裁決議など無視し続けて核とミサイルの開発を続け、いまだに拉致した日本人を返さないことに対して、いかに甘い認識をもって報道しているのかを物語っていると言うべきだろう。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成29年3月号〉