『磐の上に立てられた国』を出版しました

「磐」の上に立てられた国
「歴史・伝統」に基づく国家、そして憲法

伊藤哲夫

憲法の前提には国家がある。にもかかわらず、日本国憲法の下ではこの肝心な国家は無視されてきた。このまま国家を忘れ、国民の権利保障だの、統治システムの合理性だのといった表層的な議論にのみかまけていると、どこかで必ずその国家無視のツケを払わされる時がくる。盤石なる地盤、すなわち動かぬ「磐」(いわ)の上に国は立てなければならぬ――国家と憲法の在り方を根本から問う一冊。

定価800円+税(新書判176頁)

 

 

 

【本書の主な内容】

 第一章 こんな憲法学の考え方で「国家」は成り立つのか

 第二章 明治憲法の制定に学ぶ「憲法の基本となるもの」

 第三章 「磐」の上に立てられた国

 第四章 「国のかたち」を憲法にどう表すのか

 第五章 日本人の国民的確信に基づく明治憲法第一条

 第六章 アメリカ建国の父たちに見る国家の精神的基盤

 第七章 「権力を縛る」という思想はいかにして生まれたか?

 

【前書きより抜粋】

 国家の基本法といわれながら、わが日本国憲法の下では国家は近年、ほとんど語られることがない。国家はまさに空気のようなものとして、専ら国民の権利保障や統治システムのあり方が論じられるのみだといえる。第一章は天皇に関わる規定だが、学者たちの解説書ではその位置づけ自体が無視され、むしろ触れたくないとさえいいたげだ。

 しかし、果たしてこれでよいのだろうか。憲法が機能する前提には国家があり、その国家はまず領土と主権の保全確保が前提となるのは当然のこととして、国民が一つに統合されていること、安定した秩序が実現していることが不可欠の前提となる。この前提が整わなければ、その憲法がいかに条文として先進的な規定、あるいは見事な体系性をもつものであろうとも、恐らくまともに機能することはあり得ないのだ。

 にもかかわらず、わが日本国憲法の下ではこの肝心な国家は無視され、あるいは一貫して軽視されてきた。幸いにして憲法施行後約七十年、この日本国家の存立そのものが問われるような事態が訪れることはなかったが、だからといってこの幸運が、この姿勢それ自体が正しく、これからもこの日本が同様に安泰であり続けることができる理由となるはずがない。このまま国家を忘れ、相変わらずより充実した国民の権利保障だの、統治システムの合理性だの、という表層的な議論にのみかまけていると、どこかで必ずその国家無視のツケを払わされる時がくる、と私は心底危惧するのである。

 本書はこのような問題意識から、私がここ数年、折に触れて日本政策研究センター発刊の月刊誌『明日への選択』に書き貯めてきた小論を一冊にまとめたものである。いわばあくまでも私的問題意識に基づく素人憲法論に他ならないが、その際私は、この国家の問題をとりわけ「国民の統合」という視点から、国民を一つに統合しうる「国家の精神的基盤」の問題として論ずることをまず第一の関心としてきた。どの国にも、その存立の基盤となる精神があり、それが国民を一つに統合せしめる国家的求心力の源泉となり、あるいは安定した秩序の基盤となってきた、と考えるからである。

 と同時に、私はこの「国家の精神的基盤」の問題を、主として明治憲法の制定過程を題材にすることにより論じてきた。ここにはまさに、驚嘆に値するほどのこの問題に対する追求と、それを憲法の基本に位置づけようとの、先人たちによる徹底した志向と格闘が見られると思うからである。果たしてそれを充分に示し得たかどうかは読者の判断に委ねる他ないが、その問題意識だけはご理解いただきたいと考えるのである。

 憲法改正といえば、まず憲法第九条に関わる議論から――というのが現実的な議論であることは私もまた同様の認識だといってよい。ただ、いずれはこうした根本的な視点にも光を!  というのが私のささやかながら一貫した願いでもある。かかる日の到来が一日も早からんことを祈りつつ、ご一読をお願い申し上げる次第である。