被災者を支える住田町の木造仮設住宅

被災者を支える住田町の木造仮設住宅

東日本大震災発生後、岩手県の住田町はただちに近隣自治体の被災者を受け入れ、仮設住宅を用意した。しかも、この仮設住宅は、地元の山で育てられた気仙杉を使う「木造仮設住宅」だ。じつはこの木造仮設住宅は、震災前から用意されていたのだが、それは住田町が全国でも先進的な林業政策を遂行する中で生まれたものだった。


 

◇木のぬくもりと清潔感

 住田町は甚大な被害を蒙った陸前高田市、大船渡市、釜石市などに隣接するが、三陸沿岸から少し内陸に入った山間地にあり、ごく軽微な被害で済んだ。

 そうしたことから震災直後、多田欣一町長は「隣町の窮状を放ってはおけない」と木材仮設住宅の建設を決断。最終的には町有地三カ所に計九十三戸を建設。五月三十一日までに全戸に被災者が入居した。八割以上は陸前高田市の被災者だという。

 この木造仮設住宅は、平屋一戸建。四畳半二間、バス、トイレ、キッチンばかりか、エアコン、給湯器、ガスコンロ(二口)、郵便受けも付いている。工業部材以外はすべて町産材を使用。土台はカラマツを使用し、それ以外は気仙杉の間伐材(三十年生〜四十年生)を使用している。

 外観は、木のぬくもりがあり、一見してプレハブ仮設住宅とは違う佇まい。

 内部は、足を踏み入れるだけで、木のよい香りが漂い、木造ならではの落ち着きと清潔感がある。

 住宅と住宅の間には二メートルのスペースが設けられ、隣の音が気にならない構造になっている。これは阪神・淡路大震災など過去の災害時に設けられた仮設住宅の教訓だという。住田町建設課の佐々木邦夫課長が言う。

 「従来の仮設住宅は長屋造りで、話し声が筒抜けになり、『プライバシーが保てない』との声が沢山出ていました。それを踏まえ、こうした造りにしました」

 筆者は去る五月十一日、町内二カ所でこの木造仮設住宅を見学したが、「ここに編集部を移したい」と思うほど好感を持った。一般に木造住宅は調湿性に優れ、夏は涼しく、冬は暖かく、快適な住まいだと聞く。震災で家族、家財等を失った被災者の苦衷は計り知れないものがあるが、これら木造仮設住宅が被災者の心の支え、生活の支えとなることを願って止まない。

 

◇再利用可能な木造住宅キット

 住田町の木造仮設住宅は建設方法にも特徴がある。

 例えば、部材は加工して一枚のパネルになっていて、現場では、はめ込むだけいいようにできている(パネル工法)。壁の部材を見たが、材と材の間にあらかじめ断熱材がサンドイッチされていた。屋根もクレーンで釣って上から乗せるだけで済む。多田町長によると、このパネル工法で一日に二十戸建設することも可能だという。

 さらに、この木材仮設住宅は繰り返し再利用が可能で、被災者が一定期間(原則二年)利用した後は、解体した上で、「木造住宅キット」として保管する。もし他日、どこかで災害が発生し、仮設住宅が必要になれば、このキットを当該被災地に輸送し、ただちに組み立てが可能だという。

 「積み木みたいなものですからね、日本の大工さんであれば、ポンポン組み立てますよ。あまり建築が得意でないという国の大工さんでも、半日もあれば構造が理解でき、どんどん組み立てが可能だと思います」(多田町長)

 なお、建設費用は一戸あたり約二百五十万円。一般の仮設住宅(一戸あたり約三百五十万円)よりも安い。

 建設予算総額は約二億五千万円。当初は住田町が全額負担する予定だったが、住田町の取組を意気に感じた民間団体から、募金活動によって全額を支援したいとの申し出があったという。

 

◇震災前からの構想

 じつはこの木造仮設住宅は、今回の大震災以前から構想されていた。

 そもそも町有面積の九〇%が森林の住田町には、あり余るほどの木々がある。だが、国産材の価格低迷で林業経営が厳しくなって行ったのは住田町も例外ではない。そんな中、昭和五十二年に「第一次林業振興計画」を策定し、以来、三次にわたって施策を推進。特に木材の生産から流通・加工、さらには住宅生産・販売にいたる一連のシステム化を進め、今では「森林・林業日本一の町づくり」をめざす全国でも先進的な林業地として知られる。

 そして多田町長の念頭に常にあるのは、この豊かな木材資源を活用し、町の経済基盤の安定と林業の長期的発展をいかに図るかである。そのためには販路拡大が必要だが、じつは木造仮設住宅の建設も、この販路拡大を模索する中で生まれてきたという。興味深いのは、その着想を得たのは、自衛隊のサマーワ派遣だったと多田町長は言う。

 「自衛隊は、あのイラクの砂埃の中でテントで生活しながら活動していました。それは立派ですが、しかし、一週間や十日ならいざ知らず、何年かかるかも知れない状況の下で、それでは余りにも気の毒だと。それで、簡単に組み立てられる木造住宅キットを私どもが用意するから使ってほしいと申し出たのです」

 当時、自衛隊側には大変喜ばれたというが、最終的には様々な条件が折り合わず、このときは実現しなかった。

 だが、その後、中国の四川大地震など国の内外で大規模災害が続発し、多田町長はいよいよ木造住宅キットの必要性を感じたという。

 「開発しておけば、もしどこかで災害が発生したときにお役に立てるかもしれない。ただし、開発したけれども引き取り手がないというのでは住田町になんら裨益するところがない。そこで、大規模災害等に備え、まとまった戸数の木造住宅キットをストックしておき、災害が起こったら即応できるような仕組みを作りませんかと国に働きかけていたのです」

 そうしたさなかに大震災が発生。多田町長は木造仮設住宅の建設を決断し、震災三日後、町の第三セクター、住田住宅産業に建設を依頼した。

 問題は、約二億五千万円の建設費だ。国や県は当初難色を示し、補助対象となるかどうかは不明だった。

 そこで、多田町長は建設費を町独自で負担することを決断。職員と議会も全面的に賛同した。すると、先述したが、このことを意気に感じた民間団体が資金援助を申し出るという思いがけないことが起こった。蛇足だが、その後、国や県から補助を出すとの話が寄せられた。しかし、多田町長はきっぱり断ったという。

 「木材や森を大事にしようという国民の応援を大事にしたいと思ったのです。今後の林業を考えた場合、その方が広がりがあるのではないかと」

 

◇「復興特需後」を視野に入れた政策構想を

 ところで、震災発生後の住田町を取り巻く環境を、林業や地域経済の観点からみればどうなるのか。まず現状について多田町長はこう語る。

 「今は普段の需要に加え、木造仮設住宅の建設があります。また余り報道されていませんが、余震によって県内陸部の住宅等で相当な被害が出ており、その修復等で需要が発生しています。こうしたことから、町内の木材加工工場等は通常の2シフトから3シフトに切り替え、二十四時間体制で対応しています。またこの辺りには社寺建築を得意とする『気仙大工』が四百人以上いますが、現在はフル稼働の状態で、地域の雇用にとっても好ましい状況です」

 では、今後はどうなのか。東北被災地全域で、仮設住宅の建築が一段落すれば、本格的な住宅建築も始まると言われている。建設経済建築所によると、今年度後半には復興需要が加わり、住宅着工戸数は前年度比三・八%増の八十五万二千戸と予測されている。だが多田町長はこう言う。

 「大局的にみれば、復興需要は一時的なもので、それが終わった途端に家を建てる人はもういませんというのが一番怖い。住田町の山に生えている杉は日々生長していますからね。林業を成り立たせると同時に、地域住民の雇用を確保し、町を活性化させるためには、国内はもとより、外国も視野に入れ、需要を拡大して行かなければならないと思っています」

 東北の地域材が、東北復興に積極的に使用されるにとどまらず、将来にわたって使用され、地域経済に還元されるような政策構想が求められている。

〈『明日への選択』平成23年7月号〉