ドイツは過去を克服したか

ドイツは「過去」を克服したか

ドイツは、戦後、何に対して補償し、責任を負ったのか。「過去の克服」の事実検証から見えてくるのは、「謝罪」や「反省」ではなく、「したたかさ」のなかで、「傷ついたドイツ人」だ。


 

◆奇妙な日独対比論

 日本とドイツは過去に同様の過ちを犯したが、ドイツはその過ちを反省し償った。しかし、日本は反省も償いもしていない――こうした奇妙な日独対比論が横行している。例えば毎日新聞は平成三年十二月八日の「真珠湾五十周年に考える」と題した社説のなかで、こう書いている。

 「ドイツのワイツゼッカー大統領は敗戦四十周年の演説で『罪あるもの者もない者も、老幼いずれを問わず、われわれすべてが過去に責任を負っている』と語り、ナチスの過ちを民族として背負っていくことを訴えた。
その反省は戦犯の追及、ユダヤ人への罪の償い、平和外交の推進、大量の外国人移民の受入れなどに結実している……」

 毎日は、かく反省するドイツに較べて日本は反省が足りない、と主張するわけであるが、最近ではさらに、この「反省」「謝罪」のゆえにドイツは東西統一にあたって周辺諸国に信用された一方、日本は「反省」も「謝罪」もないために、アジア諸国から信用されない、という議論さえ耳にする。

 しかし、こうした主張は、日本の戦争がドイツの戦前、戦中に行ったのと同様の犯罪行為である、という過った前提に立った議論である。このことは本号前掲論文で論じた通りである。しかし、そればかりか、ドイツの戦後の「反省ぶり」――それはドイツでは「過去の克服」と言われている――についても重大な事実誤認をおかしている。

 以下、一部マスコミの意図的とも思える誤報を指摘しながら、ドイツの「過去の克服」の事実について検証してみたい(一九九一年の統一以前は西ドイツを記述の対象としているが、特に必要ない限りドイツと表記した)。

 

◆ドイツの「補償」とは何か

 まず最初に、ドイツはいかなる補償をしたのか、という問題から検討してみよう。朝日新聞は、ドイツの補償を日本と比較して、こう書いている。

 「ドイツは、ナチス被害者やイスラエル、連合軍諸国などに対し、過去四十年間で約八百六十四億マルク(約六兆九千億円)を補償し、なお支払い続けている。これに対し、わが国の戦後賠償と補償は現在のレートで単純に加算すれば、合計でも約二千五百億円でしかないという。
日本とドイツ。ともに、過去の歴史が今に大きくのしかかっている両国だが、これまでの重みの受け止め方は、相当に違う。手を抜いてきた分、わが国はこれからがきつくなる。政治の責任は重い」(平成四年四月三十日・社説)

 確かに、ドイツは巨額とも言うべき補償を支払っている。「朝日」が引用した約八百六十四億マルク(一マルク八十円換算で約六兆九千億円)という金額は、一九九一年一月までにドイツ政府及び公的機関が支払った数字である。さらに補償の一部が年金として支払われているため、今後も西暦二〇三〇年までに約三百三十三億マルク(約二兆六千億円)が支払われる予定で、併せると十兆円近くなる。

 この額だけを単純に考えれば、「朝日」の言うようにドイツと日本は「相当に違う」と言わざるを得ない。しかし、問題はドイツの補償が何に対して支払われ、どういう性格をもつ補償なのか、ということである。

 さて、この巨額の補償は大まかに言って、連邦補償法、対イスラエル協定、連邦返済法、西側十二ヵ国との包括条約など四つの法律・条約に基づいて支払われているが、それらに共通しているのは、いずれも対象を「ナチス犯罪」の被害者としている点である。

 例えば、連邦補償法は、金額で見ると補償全体の約八割を占めるのだが、その主旨は「ナチズムに対する政治的反対あるいは、人種・信仰または世界観の故に、ナチの暴力的支配下で迫害された人々に対して不正が行なわれた事実」を連邦議会が認め、補償をするというものである(同法前文)。もう少し解説すれば、補償の理由として挙げられるのは人種、信仰、世界観または政治的対立であり、それを理由として生命、身体、健康、自由、所有物、財産または、職業上の、経済的成功に損害を被ったものが対象となっている。主な対象はユダヤ人だが、その他反ナチを理由に迫害を受けたドイツ人も含まれる。

 イスラエル関係の補償は、言うまでもなく、ユダヤ人集団虐殺という典型的なナチス犯罪に対応する。これは、一九五二年にイスラエルとの間で協定(ルクセンブルク協定)が結ばれ、西ドイツは、イスラエル(一九四八年の建国当時、国民の三分の一がナチスによる迫害を受けた人々であったと言われる)に対して三十億マルク、「ユダヤ人対ドイツ物質要求会議」(アメリカなどイスラエル以外の西側諸国のユダヤ人団体の連合体)に対して、物資を西ドイツで調達する形で四億五千万マルクを支払った。典型的なナチス犯罪に対する補償である。

 三番目の連邦返済法による補償とは、ナチスによって不法に接収された財産(主としてユダヤ人の財産)の返却・弁済であり、約四十億マルク相当が支払われている。

 西側諸国との包括条約による補償も同様である。これらは一九五九年から六四年までフランス、オランダなど西側十二ヵ国と西ドイツとの間で結ばれた補償協定だが、これら十二の協定はいずれも「典型的なナチスの不正」に対する補償である。

 この他にも、民間のドイツ企業とユダヤ人会議との間で、強制労働に対する補償が行われているが、これも占領地での強制労働とは別に、ユダヤ人の強制労働に対する補償である。

 

◆賠償とは無関係の「ナチス補償」

 要するに、ドイツの補償はナチス犯罪に対する補償である、ということである。

 では、「ナチス犯罪」といい「ナチスの不正」と言うが、それは一体何か。大まかに言って、ユダヤ人であるが故に強制収容所に送られ虐殺されたことをはじめとして、人種、宗教、政治的敵対関係などを理由として、ナチスが行なった不正な殺人、暴行、安楽死、テロ行為、財産の没収などを言う。従って、ナチス犯罪は、一九三二年から一九四五年に至るヒトラーが政権にあった期間を対象とし、戦争行為とは直接の関係を問わない。

 この点こそ、日本とドイツの補償問題を比較するにあたって最も重要な点である。なぜなら、このナチス犯罪は、通常の戦争に伴う被害とか不法行為とはまったく別の概念だからである。

 通常、国際法や国際慣例が想定している戦後処理は、講和条約とそれにともなう戦勝国と敗戦国間の戦時賠償などで終了する。日本の場合で言えば、サンフランシスコ講和条約と日韓条約などの二国間条約で既に戦後処理については決着済となっている。

 ところが、ドイツでは――ドイツ統一までの棚上げという条件で――戦時賠償の処理はまだ始っていないのである。つまり、ドイツの補償は、日本で言われている通常の「戦時賠償」や「請求権」とはまったく別問題であり、むしろ、ドイツの「ナチス犯罪」に対する補償は、通常の戦後処理である賠償「以前」の問題というべきであろう。要するに、ナチスドイツは、通常の戦時賠償や請求権では片付けられない犯罪を犯したということなのである。

 そうであるからこそ、ドイツにおいて「ナチス犯罪」による被害と戦争にともなう被害などとは明確に区別されている。例えば、ドイツ人の戦争被害に対しては別に連邦援護法があり、外国人の戦争被害者に対する問題、例えばポーランド人の強制労働などは、戦時賠償問題として分離されている。

 念の為に言えば、ドイツは、通常、敗戦国が負わねばならない戦時賠償を統一まで棚上げされていたが、統一が実現した今、例えば占領下のポーランドからの「強制連行」など、戦勝各国からの請求交渉が始っている。冒頭に紹介した朝日新聞の言い方を借りれば、「これからがきつくなる」のは日本ではなく、ドイツである。

 ※その意味で、もし比較するというのであれば、日本の行った賠償はドイツの戦後処理としての賠償と比較されるべきである。

 先にも書いたように、国際法や国際慣例が想定している戦後処理は、講和条約とそれにともなう戦勝国と敗戦国との間の戦時賠償で終了する。日本の場合で言えば、サンフランシスコ講和条約や二国間で結んだ条約(例えば日華平和条約)がこれに当たる。

 ところが、ドイツではこうした講和条約は結ばれていない。サンフランシスコ会議に相当するロンドン会議は開かれているが(昭和二八年)、ドイツ統一まで講和は事実上棚上げされた。この時、約二百億ドルの賠償債務協定が結ばれたが、ドイツは実にしたたかにイスラエルなどへの補償実施(三十四億五千万マルク)と引き換えに、この時賠償請求をも棚上げしている。対ドイツ講和条約に相当する条約を強いて探せば、一九九〇年に結ばれた米英仏ソとのいわゆる「2+4」条約がそれに当たる。

 その意味で、日本と比較し得る賠償をドイツは支払っていない。つまり、ゼロである。であるから、もし比較するのであれば「ドイツ六兆円に対して日本六千億円」ではなく、「ドイツ“ゼロ”に対して日本六千億円」なのである。

 そればかりか、もし債務が請求されるならば、ドイツの被害を相殺する構えである。

 「敗戦直後、ソ連をはじめ連合国側は、ドイツの工場施設をはじめ海外資産、絵画や本まで、あらゆるものを持っていった。英国などは、木まで伐採して持っていった。全部で二千億マルクになる。ドルにして四七〇億ドル、賠償予定額(二百億ドル)の倍以上だ。いまさら賠償請求はないと思うが、これは万一の場合の、内部試算である」(ドイツ大蔵省担当官)

 ただ、ポーランドに対しては、統一後、基金をもうけて、事実上の賠償を開始した。しかし、これも賠償という名目ではなく、「ナチ迫害の犠牲者の援護」が理由となっている。

 

◆補償協定にない「謝罪」

 さて、補償問題について、もう一つ注目しなければならないことがある。それは、補償を支払うにあたってドイツは条約や協定を結んでいるが、決して対外的にナチス犯罪を認知し、謝罪したうえで、補償を支払ったわけではないという事実である。

 例えば、西側十二ヵ国に対する包括協定の場合、犯罪の認知、謝罪はなく、補償はあくまでも「人道的な理由」から支払われている。ドイツ企業による補償も同様に「人道的理由」「人的交流」などが理由とされている。

 事実上はユダヤ人虐殺に対して支払われたイスラエルとの協定による補償でさえも、協定文上は「故郷や資産を失ったユダヤ人難民・犠牲者」を「イスラエル、ないしは新たな祖国に受入れ定住させていくための編入費用」として支払われたものである。

 つまり、法の建前の上では、ドイツはまったく補償の支払義務を認めていないのである。そうであるがゆえに、ドイツでは補償問題の運動家などの間では「ドイツはいまだに、支払いの法的義務を認めていない。被害者に直接、謝罪してもいない。生活保護などの『人道的理由』から払う、という建前だ。ユダヤ人らはこうした態度に怒り、補償金をもらうべきではないという人も多かった」という批判すらある(『アエラ』九二年五月五・十二日号)。

 ましてや、戦争とは別の概念であるナチスの犯罪に対してさえ、謝罪がないのであるから、戦争行為自体への謝罪など有り得るはずがない。この点、戦争に対する「謝罪」が問題になっている日本とは比較にならない。

 ドイツは確かに巨額の補償を行っている。しかし、それはドイツがかつて行った「ナチス犯罪」の当然の帰結であって、日本とは無縁のものである。補償の意味も法的位置付けもまったく無視して、これを日本の補償と比較しようとするのは、まったく事実を無視した、牽強付会と言わざるを得ない。まず、この点を確認しておきたい。

 

◆「罪」と「責任」の論理

 ところで、ドイツは多額の補償を払っただけではない、熱心に「過去の克服」を行ってきたではないか、と反論する向きもあるかもしれない。「ナチス犯罪」に対する徹底した追及は、ドイツ人自身の手によって現在も時効をなくして今日なお続いているではないか。腕を前方に差し上げるナチス式敬礼を刑法で禁じたことなど、戦後社会から徹底してナチ色を一掃したではないか、と。

 なかでも、政治家の「過去の克服」に対する発言は日本でも有名である。先に紹介したイスラエルとの補償は、当時のアデナウアー・西ドイツ首相が「ドイツ民族の名において、言葉では言い尽くせぬほどの犯罪が行なわれ、その犯罪には、道徳的、物的補償が義務付けられている」と発言したことが契機となっている。また、東方外交を展開した社民党のブラント首相は、ポーランドのユダヤ人ゲットーの記念碑にひざまずいた。ワイツゼッカー大統領の敗戦四十周年演説は、「道徳的だ」「誠実だ」と日本のマスコミの多くが高く評価した。そして、日本もドイツに見習って「謝罪せよ」というのである。

 しかし、「人類史上最大の犯罪」が行われた以上、ドイツの為政者がそれに相当する責任を感じるのは当然ではないか、と筆者は思う。ワイツゼッカー自身が言うように「アウシュヴィッツが、他の人々による残忍な絶滅との比較に耐えうるかどうか……アウシュヴィッツは唯一無比の存在であり続ける」からである。

 と同時に、例えばこれらの政治家の発言を、道徳的か誠実かは別として、日本で言う「反省」や「謝罪」として捉えるのは間違いである。なぜなら、ドイツの「過去の克服」の背景にある論理は、日本で言う「反省」「謝罪」という概念とはまったく異質のものだからである。

 例えば、ワイツゼッカー大統領はこう言っている。「一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことはありません。罪といい無実といい、集団ではなく個人的なものであります」「今日の人口の大部分はあの当時子供だったか、まだ生れてもいませんでした。この人達は自分が手を下していない行為に対して自らの罪を告白することはできません」と。この後に「罪ある者もない者も、老幼いずれを問わず、われわれすべてが過去に責任を負っている」、さらに「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」という日本で有名になった一節が続く。

 ここに示されている論理はこうである。罪は実際に手を下した者にのみあってドイツ人全体にはない。しかし、責任は全ドイツ人が負う。つまり、責任と罪とを明確に峻別する論理である。これはワイツゼッカー大統領だけの論理ではない。敗戦直後に哲学者カール・ヤスパースが「民族の罪」は「政治的に問われる責任以外には刑事犯罪としても道徳的な罪としても、形而上的な罪としても、存在しない」と言い、最近ではコール首相が「後から生れてきたものの恩恵」(ナチス後に生れたドイツ人には罪がないという意味)と言ったこととも共通する論理である。

 

◆「オレの罪ではない」

 罪なきものまで責任を負うという考え方は立派というべきかも知れない。では、この責任と罪とを明確に峻別する論理とは、一体、何を意味するのか。

 まず、ここには「謝罪」や「反省」という概念はない。罪は「犯罪に手をそめた」「少数」の個人にあり、彼らは戦後ナチスまたはその協力者として徹底的に追及されて、ドイツ社会の表面からは消え去っている。しかも、現在では人口の大半が「(ナチス統治の)当時子供だったか、まだ生れてもいなかった」(ワイツゼッカー演説)ところの罪なき人々である。こうした人達にとって、「謝罪」すべき罪もなければ、「反省」すべき過去もないからである。

 また、そうであるからこそ、過去の罪の認知も極めて容易である。「無罪の人間は罪に関してはやましくないから、外からの『ドイツの罪』の指摘に対して闊達に対応できる。『そうだ、それはドイツの罪だ』と相槌を打ち、『だがオレの罪ではない』と自分に言い聞かせることができる」(佐瀬昌盛)からである。そして後に残るのは、「国家(税金)による償いという形をとり、個々人は過去を記憶する、忘却しないという行為にとどまる」(同)しかない。

 その意味で、先に紹介したように、ドイツが法的支払義務を認めず、また「謝罪」なしに巨額の補償を支払ったことも、今日なおナチスを追及するのも、ある意味では、この論理の当然の帰結と言えるだろう。

 ともかく、ドイツの「過去の克服」を貫いているものは、日本で言う「謝罪」や「反省」とはまったく別の論理である。筆者は、そこにドイツ人の「したたかさ」すら感じる。逆に、それを「謝罪」やら「反省」という言葉で括ってしまって恥じない日本の論調の浅薄さを嘆じざるを得ない。

 

◆「克服」の代償

 さて、日本のマスコミはドイツの「過去の克服」に手放しとも言える高い評価を与えているが、しかし、それは「過去の克服」が成功した、という大前提がなければまったく意味のない議論である。

 では、「過去の克服」は果たして成功したのだろうか。ここでは、日本のマスコミの評価とは逆に極めて深刻な問題を引き起こしている事実を指摘しておきたい。この点は日本のマスコミが報じない点であり、この事実こそ教訓とすべきだと思うからである。

 実は、西ドイツ政府が推し進めてきた巨額の補償やナチス追及という「過去の克服」政策は、必ずしもドイツ国民全般の支持を受けていないのである。

 例えば、一九五二年のイスラエルに対する補償に際しても、世論調査の結果は賛成が三五%だったのに対し、補償を余計なものとする反対意見はそれを上回る四四%に上った。一九七〇年にワルシャワのゲットー記念碑に跪いたブラント首相の行動に対しても、猛烈な反対があった。最近でも、ある人気番組のニュースキャスターがナチス時代に書いた記事のために番組を降ろされる事件があったが、世論調査では国民の五〇%が反対した。

 ここには、「過去の克服」を推進する政府、それを必要悪とは認めても根強く反対する多くの国民――という構図がある。ドイツの「過去の克服」を絶賛する永井清彦氏(ドイツ現代史)でさえ、「政治家は民意に背いて行動してきた」と書いているほどである。

 もう一つ、ドイツ国民のアイデンティティの崩壊という深刻な問題がある。

 世論調査によれば、ドイツ人であることを誇りに思うという国民の割合は、英・仏・伊の四〇%~五〇%前後に較べて、ドイツは二一%と異常に低い(八一年ドイツの調査)。最近でも、一九八九年の「世界青少年意識調査」(日本政府)で、「自国の何を誇りに思うか」という問いに対して、日本を含めて英・米・仏では、「歴史・文化・伝統」が第一位であるのと極めて対照的に、西ドイツでは五位にもはいっていない。

 つまり、ドイツ人はまるで自国の歴史や文化に自信が持てないでいる、ということである。ユダヤ系アメリカ人であるバーンズ前駐独米国大使が離任に際して、ドイツ人はもっと自信と誇りを持つべきだ、と語ったという。ドイツ人のアイデンティティ喪失がいかに深刻かを物語るエピソードである。

 ドイツ人は、経済的成功によって外面的には復興したが、内面的には実は「傷ついた国民」のままなのである。「人類史上最大の犯罪」という事実によってドイツ人は傷ついたが、戦後の「過去の克服」によって今日なお傷つき続けている、という表現すらできる。

 

◆歴史の政治決着を許すのか

 では、ドイツの「過去の克服」が、なにゆえ、こうしたアイデンティティの崩壊をもたらしたのか。それは「過去の克服」が歴史の問題を政治的に決着したからに他ならない。

 「過去の克服」の論理は、実は歴史的事実に立脚したものではない。例えば、ワイツゼッカーは例の演説のなかで、「犯罪に手をそめた」のは「少数」であり、敗戦によって「ナチズムの暴力支配という人間蔑視の体制からわれわれ全員が解放された」と述べている。しかし、歴史的事実から言えば、ナチス党を支えたのは大多数のドイツ国民であり、ヒトラーは選挙によって政権につき、国民投票で九〇%の支持を得て国家元首となっている。

 そうであるがゆえに、「過去の克服」は、とりわけ「ナチの過去との絶縁の証」として行われたナチス追及は、歴史の虚構の上にしか成立しないのである。西尾幹二氏はこう批判する。

 「一体ナチスに心酔し、手を汚したのは、何処の誰だったというのか。西ドイツで今健康な顔をして生きているある年齢層以上の市民たち、パン屋さん、肉屋さん、学校の先生、駅員さん、等々……ではなかったのか。だとしたら、(ナチス)党員の経歴を持つ人を見つけ出すや否や、得たりとばかり『犠牲の山羊』に仕立て上げて、魔女裁判さながらに彼らを葬り、その血汁を吸って、ドイツ一般国民の世界に対する無実を宣伝し、善良さを吹聴して歩くというのは、何というみっともない恥ずべき光景であろう」

 しかも、公には、ドイツの「過去」は否定されるべきものとされた。日本で持て囃されているワイツゼッカー演説の一節に「過去を心に刻む」という言葉がある。しかし、それは「過去の罪」を心に刻むことであって、歴史の全体像を「心に刻む」ことではない。ドイツ人にとって、過去=歴史は暗黒の時代でしかないのだ。これが、教育はいうに及ばずジャーナリズムなどでも推進されたのである。ドイツ人が「最も歴史と断絶した国民」と言われるのも当然であろう。

 そうであるがゆえに、公の場ではかつてのドイツが犯した罪を認めはしても、実際は「儀礼として憶えていなくてはならないことにうんざりているドイツ人はますます増えるばかりだ」(G・マーシュ『新しいドイツ』)と指摘されるのも当然と言うしかあるまい。

 つまり、歴史問題を政治的に決着した――これこそ、見落してはならない「過去の克服」の重要な側面であり、ここにドイツ人のアイデンティティ崩壊の原因もあると言わなければならない。

 

以上に紹介した通り、ドイツの「過去の克服」に対する日本での高い評価は事実に基づいた議論ではない。日本がドイツの「過去の克服」から学ぶことは、それを見習うことなどではなく、ドイツのように歴史を政治決着してはならないということである。

本来、日本の戦後処理は、日本が遂行した戦争の真実に基づいて行われるべきであり、他に根拠を求められるものではないはずである。あえてドイツを引合いに出して日本の戦後処理を語るなら、こう言うべきである。ドイツのようになってはいけない、と。(『明日への選択』編集長 岡田邦宏)

〈初出・『明日への選択』平成4年8月号/一部加筆〉