宣伝という名の戦争

 今年一月三日付のニューヨーク・タイムズ紙社説は、安倍首相が河野談話や村山談話の見直しなどに言及したことに対して、何の根拠もなく、安倍首相は「右翼の民族主義者」だか、「朝鮮などの女性を強姦、性奴隷にし、第二次世界大戦で侵略したことへの謝罪の見直しを示唆した」などと敵意丸出しで非難した。その口汚さは韓国の慰安婦支援団体からの抗議文としても通用するほどの代物で、彼の国のジャーナリズムも地に堕ちたものだと言わざるを得ない。

 とはいえ、この社説をいわゆる「安倍叩き」「日本叩き」宣伝の一環として考えれば、「とんでもない社説」とだけ批判していたのでは済まない問題と言える。

 

 十年近く前になるが、頭休めに読んでいた米国のサスペンス小説のなかで、それはソウルが舞台となっていたのだが、筋書きとはなんの脈絡もなく、日本軍は「若い朝鮮人女性を選抜して、アジア全域に広がる軍の慰安所に送り出し、皇軍兵士のため無理やり性奴隷として働かせた」という一節に出くわして驚いたことがあった(ブライアン・ヘイグ『反米同盟』)。米国ではまだ慰安婦問題が話題にならず「性奴隷」などという言葉も一般化していなかった時期である。しかも、著者が元政府高官の家族だっただけに、韓国側からの宣伝工作ではないかと感じたことを憶えている。ただ、この頃はまだ、日本国内での慰安婦問題に集中していて、アメリカでの動向にはあまり関心を払っていなかったというのが実情であった。

 

 ところが、六年前に第一次安倍内閣が誕生すると、米国を舞台とした宣伝戦は一気に加速。米国下院に慰安婦決議案が提出され、それが成立してしまったのである。その決議は「(日本が)若い女性を『慰安婦』と呼ばれる性の奴隷にした」ことを事実とし、日本政府に謝罪を要求するというものだった。決議に法的効果はないものの、成立をくい止めることが出来なかった。

 そのとき既に、日本国内での、いわゆる「慰安婦」論議は事実上決着していたと言える。慰安婦を強制連行したという客観資料が存在しないという事実が知られるようになり、慰安婦問題を提起してきた側ですら朝鮮半島から軍や官憲が強制的に連行したケースはないと述べざるを得なくなっていたからである。

 しかし、そうした日本国内での議論はまったく米国議会に反映されなかった。逆に「二十万人の性奴隷」などという虚偽の宣伝が米国マスコミを通じて流され、下院決議採択への流れが作られた。まさに宣伝戦に敗れたと言える。国際広報が圧倒的に不足していることを痛感させられたのは、このときだった。

 

 宣伝戦は今また加速し始めている。二年前、ニュージャージー州の小さな市に最初の慰安婦の碑が建てられ、今年一月には同州議会に慰安婦決議が提出されている。ニューヨーク州でも第二、第三の慰安婦の碑が建てられ、そこには「日本軍が性的奴隷にするため、二十万人を超える少女らを強制動員した」と書かれているという。ニューヨーク州議会においても決議案が準備されている。そればかりか、「第二の下院決議」を採択しようと韓国系団体が下院の有力議員を回り、最近になって下院外交委員長ら有力者が賛成にまわったと韓国メディアは報じている(聯合ニュース・一月二十四日)。

 そうした状況のなかで、国際広報戦略の強化ということが叫ばれているが、率直に言って米国を戦場とした宣伝戦争において、日本は圧倒的に出遅れている。では、この戦いに対処し勝つためにはどうすればよいか。様々な手法が考えられるが、まずはファクト(事実)を提示することだろう。むろん、既に「性奴隷」が広く流布されている米国の現状を考えれば、相当な反発が予想される。しかし、ここでくい止めなければ、日本国家は永遠に「二十万の女性を性奴隷にした国」などという汚名を着せられてしまいかねない。この戦いは日本の名誉のかかった戦いである。その意味で、取り組まねばならないのは国際広報という言葉ではくくることのできない、平時における戦争だといっても過言ではない。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成25年2月号〉