夫婦別姓問題・「裏口からの別姓導入」に要警戒

夫婦別姓問題・「裏口からの別姓導入」に要警戒

日本政策研究センター研究部長 小坂実

〈『明日への選択』平成30年4月号〉


 

◆戸籍法を狙った「曲玉」

 最高裁が夫婦同姓を定める民法七五〇条を合憲と判断して二年――。今年一月、選択的夫婦別姓の実現を求め、ソフトウェア会社「サイボウズ」の青野慶久社長ら四人が東京地裁に提訴した。

 同社長は二〇〇一年に結婚し、妻の希望を入れて、あまり深く考えず妻の姓に変えた。職場では旧姓の青野のままだが、改姓によって保有株式の名義変更に八十一万円かかったり、旧姓との使い分けでさまざまな苦痛や負担を強いられた。そこで、夫婦別姓を認めない現行の法制度は法の下の平等を定めた憲法に反し、同姓を強制されたことで精神的苦痛を被ったなどとして、国に一人あたり五十五万円、計二百二十万円の損害賠償を求めて提訴したのである。

 とはいえ、夫婦同姓を定めた民法の規定については最高裁が合憲判断をしたばかり。そこで、今回の訴訟で原告らが着目したのは、民法ではなく戸籍法だとされる。報道によれば、日本人と外国人の結婚・離婚や、日本人同士の離婚の場合は戸籍法にもとづいて姓を選べるのに、日本人同士の結婚では姓を選ぶ規定がない点を挙げ、「法律の不備で、法の下の平等に反して違憲だ」と主張しているという(日経1・9)。

 こうした主張のベースにあるのは、「民法上の氏」と「呼称上の氏」(戸籍上の氏)という、一般にはほとんどなじみのない氏に関する二つの概念だと言える。青野氏は別姓訴訟への支援を求めるブログでこう述べている。

 「(二つの氏は)通常は一致していますが、一致しないこともあります。例えば、『鈴木』さんが結婚して、民法上も戸籍法上も『佐藤』さんに改姓したけれど、その後、離婚して『民法上の氏』は『鈴木』に戻る。しかし、『戸籍法上の氏』、すなわち『呼称上の氏』は『佐藤』を使い続けている状態です。これは法律上、既に認められています。今回の訴訟のゴールは、その2つの氏の不一致を、離婚時に加えて結婚時にも適用し、『戸籍法上の氏(=呼称上の氏)』として旧姓を使い続けられるようにしよう、というものです」

 従来の民法改正が直球勝負だとすれば、いわば曲玉を投げ込んできたと言える。特に注目されるのは、戸籍法に「届け出れば、結婚前の氏を名乗ってもいい」との趣旨の一文を加えるだけで、夫婦別姓問題は解決に向かう一方、民法が定める「夫婦の氏」は変わらず、「氏について家族が分断する」こともないと原告代理人が主張していることだ。

 つまり、別姓派にも同姓派にもハッピーな解決策と言うわけだが、本当にそんなことが言えるのか。新たな別姓訴訟を、批判的に点検したい(民法など法律上は「氏」の呼称が使われるが、本稿では専門用語や論文などからの引用以外は一般的に使われている「姓」を用いる)。

 

◆「民法上の氏」と「呼称上の氏」

 まずは、今回の訴訟のキモとも言える「民法上の氏」と「呼称上の氏」という一般にはなじみのない用語から説明したい。

 そもそも、本名とは法律で認められた氏名であり、それは一つしかないと考えるのが世の常識であろう。ところが、いささかわかりにくい話ではあるが、戸籍実務上、法律上の氏を、「民法上の氏」と「呼称上の氏」(戸籍上の氏)に分けて運用がなされている。

 出生によって取得され、婚姻や離婚などの身分行為で変動し、それに伴い入籍や除籍や復籍などの戸籍の変動が生じる基準となるのが民法上の氏である。民法上の氏が目に見えない観念であるのに対して、呼称上の氏は、戸籍に記載されている氏自体、つまり日常的に使っている氏を指す。

 原則的に、戸籍に記載された呼称上の氏は民法上の氏と一致する。話が複雑なのは、両者が一致しない例外的なケースがあること。その典型は、①日本人同士の離婚で離婚後も婚姻中の姓を名乗る場合(婚氏続称)②外国人との結婚で日本人が外国姓を名乗る場合③外国人との離婚で日本人が日本姓に戻す場合だ。

 まず①の婚氏続称のケース。結婚に際し姓を改めた配偶者は、離婚によって民法上は結婚前の姓に戻り(復氏)、結婚前の戸籍に戻る。しかし、三カ月以内に届出をすれば、離婚の際に称していた姓を称することもでき(戸籍法七七条の二)、それに基づき新たな戸籍が作られる。

 次に②の外国人と結婚したケース。そもそも外国人には戸籍がないので、夫婦の新戸籍は作られず、夫婦別姓となるのが原則だ。しかし、六か月以内に届出をすれば、戸籍や民法で規定された姓を持たない外国人配偶者の姓に変更できる(戸籍法一〇七条二項)。その場合、外国姓で新たな戸籍が作られる。なお紙数の関係上、③の説明は省略する。

 一方、日本人同士の結婚の場合、民法の同姓原則は戸籍にも貫徹され、例外的な扱いは認められていない。これは不平等ではないかと問題にしたのが今回の訴訟であり、代理人を務める作花知志弁護士はこう述べている。

 「(戸籍法によれば)①結婚時と離婚時 ②夫婦が日本人同士か日本人と外国人か、で場合分けすると『氏』を選ぶことができる状況が4パターン考えられます。そして『日本人同士が結婚する時』以外は、氏を選ぶことができるのです。……簡単に言うと、4人住んでいる村で、1人だけ氏を変更できない。それは日本人と結婚するときということになります。この区別には合理性がありません。この状態を『法の欠缺』と呼びます」(ビジネスインサイダージャパン17・11・28)。

 ちなみに、同弁護士は二年前の最高裁で、女性の再婚禁止期間を定めた民法の規定について、違憲判決を勝ち取ったことで知られている。

 

◆見落としてはならない同姓原則回復の趣旨

 では、こうした原告らの主張をどう見るべきか。結論から先に言えば、〝例外的な便法〟によって〝原則〟を崩そうとする本末転倒の主張と言える。戸籍法に民法上の氏とは別に呼称上の氏という概念が導入された理由を考えれば、そのことが明らかになる(以下の引用は『現行戸籍制度五〇年の歩みと展望』所収論文)。

 まず、婚氏続称制度が作られた理由としては、離婚後の「復氏による不利益」と「子の監護教育上の不都合」が挙げられる。特に重要なのは後者である。というのも、結婚改姓した配偶者は、離婚によって旧姓に戻るが、子の姓や戸籍は変わらない。しかし、旧姓に戻る大半は女性である。それ故、母親が子を保育している場合、「子と氏も戸籍も異なる」ことから生じる「苦痛ないし不利益」は、より「普遍的かつ切実な問題」(山川一陽日本大学名誉教授)と指摘されるのだ。

 では、外国人と結婚した日本人が外国姓に変更できるようなった理由は何か。夫婦同姓の日本で夫婦が社会生活を営む上で、日本人が外国人配偶者と姓を同一にする必要がある現実は否定できず、「氏の同一を求める当事者の個別事情を尊重する制度」(向英洋元札幌法務局長)と解説されている。

 このように、離婚や日本人が外国人と結婚した場合、「民法上の氏」とは異なる姓(呼称上の氏)を名乗れるようにしたのは、親子同姓や夫婦同姓を求める当事者の意向を尊重したからだと言える。その意味で、「呼称上の氏」は同姓原則を回復するための例外的な便法とも言える。実際、戸籍法一〇七条二項については、「親子同氏の原則を回復するために子の氏の変更を認めている民法第七九一条に近い」(房村精一元民事局第二課長)との指摘もある。七九一条は、たとえば親と姓を異にする婚外子等が、家裁の許可を得て親と同じ姓を称することを可能にするための規定と言える。

 とすれば、日本人同士の結婚については、民法上の氏と異なる呼称上の氏が選べないのは当然と言えよう。そもそも、同姓原則に基づく日本人同士の結婚には、同姓原則を回復するための便法(呼称上の氏)は必要ないからだ。こうした制度本来の趣旨を無視して、日本人同士の結婚についてだけ呼称上の氏を選べないことに合理性がないとするのは、「例外」を以て「原則」を崩そうとする本末転倒の軽薄な議論と言える。

 

◆戸籍と夫婦同姓の制度の「形骸化」

 次に、仮に原告らの主張が認められた場合、戸籍制度にいかなる問題が生ずるかを検討したい。青野社長は「戸籍法に一文を追加するだけ」「社会が負担するコストが低い」「戸籍管理システムの改修はほとんどいらないはず」と主張する一方、作花弁護士も、記者が調べた限りでは同様の趣旨を述べているだけのように見える。だが果たして、それは本当なのか。

 現行の戸籍制度は、同一戸籍内は夫婦及び夫婦と同氏の子で構成され、「夫婦同籍」(夫婦は同じ戸籍に記載)と「同氏同籍」(姓を同じくする者は同じ戸籍に入る)の原則を維持している。ところが、戸籍は「呼称上の氏」で作られるため、夫婦で「呼称上の氏」が異なれば、「夫婦同籍」と「同氏同籍」を両立させることができなくなる。

 とすれば、必然的に戸籍編製の基準は従来と大きく変わらざるを得ず、戸籍の改製(作り直し)さえ起こり得よう。むろん、その社会的コストは決して小さくない。こう考えれば、「戸籍法に一文を追加するだけ」、「社会が負担するコストが低い」といった主張は国民を欺く詭弁と言わざるを得ない。

 なお、離婚した人は当然、外国人と結婚した日本人も外国人配偶者に戸籍はないので、「夫婦同籍」の原則に縛られない。これは、これらのケースのみで、民法上の氏とは異なる呼称上の氏が例外的に認められるようになった無視できない要因と言えるのではないか。

 ともあれ、こうした戸籍制度への影響を考えれば、呼称上の氏による別姓導入なら民法上の「夫婦の氏」は変わらず、「氏について家族が分断する」こともないとの原告らの主張も当然怪しくなってくる。なぜか?

 確かに、民法が定める「夫婦の氏」は観念上は維持される。しかし別姓夫婦の場合、「呼称上の氏」による従来とは異なる戸籍編製が行われ、別姓が戸籍上の氏名となる。これは実質的な夫婦別姓であると同時に「家族の呼称」が戸籍によって担保されなくなる事態を意味している。そうなれば、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定める民法七五〇条によって裏付けられる「家族の呼称」も有名無実化していくだろう。夫婦同姓制度の形骸化に他ならない。

 
 なお、作花弁護士は自身のブログで、戸籍法改正による別姓導入について、「旧姓の通称使用に法的根拠を与える」法改正に該当すると強調しているが、戸籍上の氏名は「通称」とは言わない。「『呼称上の氏』とはいえ、通称使用を公認する程度の制度ではない」(立石直子氏『立命館法学』一六年5・6号)のである。

 

◆見出し難い「訴えの利益」

 ところで、そもそも原告が改姓によって被った不利益とはいかなるものなのか。これは、税金で維持される裁判機関を用いて紛争を解決するに値するかを判断する「訴えの利益」にも関わる重要な問題だ。青野社長は「本当に大変でした」として、こう述べている(文春オンライン17・12・2)。

 「公的な文書はもちろん、クレジットカードからポイントカードまで、財布の中身は全部書き換え。社内では現在に至るまで『青野』で通していますけど、株主総会では『今日だけ私は西端慶久です』と話すハメになりました。また、当時はまだ株券が電子化されていなかったので、紙の株券の名義変更手数料が約81万円かかりました。信託銀行経由でサイボウズに請求がきて、後でその額を聞いてもうビックリですよ。……海外に出張する時に、先方が気を利かせて私にホテルを手配してくれることがあって、当たり前ですけど予約名は『青野』。ところが、僕のパスポートは『西端』だから、ホテルのフロントでチェックインしようと思ったら『お前は誰だ』と言われる。自分が『青野慶久』であることがなかなか証明できなくて困り果てました」

 ところが、である。ここで語られている「不利益」はほとんど全て、今では制度やシステムの進化によって解決されたか、解決されつつある問題なのだ。つまり、全ては過去の問題とも言えるわけである。

 まず、八十一万円かかった株の名義変更手数料。平成二十一年に株券は電子化され、今やこうした不利益はほとんど生じない。そもそも八十一万円のコストは、当時売上高二十九億円超のサイボウズが払ったもので、青野氏個人の不利益でもない。なお、青野氏は自社の大株主で、時価四億三千万円超の自社株を保有する資産家だ。

 次に、株主総会で本名を説明しなければならないとこぼしているが、首を傾げざるを得ない。同社の株主総会の招集通知は「西端慶久(青野慶久)」と記しているからだ。それでも誤解される余地があると考えるなら、「西端慶久は青野慶久の本名」と注記すれば済む話ではないか。

 さらにパスポートの問題。結婚前の旧姓で活動実績がある場合、旧姓を併記できるから、青野氏の場合、その手続きを行えば即解決するはずだ(昨年、政府は希望者は誰でも旧姓を併記できるようにする方針を固めた)。
なお、住民票やマイナンバーカードも旧姓併記の方針が決まっており、金融機関の口座でも旧姓が使えるよう政府は全国銀行協会などに要請してもいる。

 青野社長は今回の訴訟を「ワクワクしています」と語っているが、少なくとも先のような原告の言い分に国民の血税を費やすに足る「訴えの利益」があるとはとても思えない。

 

◆民法改正への「露払い」?

 最後に、今回の訴訟の背景にも触れておこう。

 最も注目されるのは、民法改正を目論んだ二年前の訴訟との密接な関わりだ。その辺りを朝日(2・14)はこう報じている。「原告の一人だったフリーライターの加山恵美さん(46)は『息絶えたと思って倒れたところで、なんとかバトンを渡せました』と話す。作花弁護士が別姓訴訟を検討していると知った昨夏、再び挑戦してくれることがうれしく、お礼のメールを送った。意見交換する中で原告を探していると知り、知人の青野さんを紹介した」。

 一方、作花氏自身はこう語る。「この訴訟を起こすにあたり、実際に不利益を被っている方に原告団に加わっていただけたら、説得力が高まると思いました。そこで結婚して女性の姓に変えた男性で不利益を被っている方がいらしたら、お声掛けしてみていただけないかとお話しをしました」(ビジネスインサイダージャパン・前出)。

 要は、前回訴訟の原告と作花氏との間で意見交換がなされる中、原告側が作花氏に青野社長を紹介したという話なのだ。換言すれば、今回の訴訟は民法改正を目論んだ前回訴訟の原告とも連携しつつ、用意周到に仕掛けられたということである。

 しかも、三月には前回訴訟の担当弁護士も関わり夫婦別姓に関する訴訟(家裁審判)が起きている。前回の弁護団長で新たな訴訟の弁護団に加わる榊原富士子弁護士は、「夫婦別姓を認めない民法を変えなければならない」と主張している(朝日前出)。

 恐らく、二つの訴訟がほぼ同時期に起こされたのは決して偶然ではない。戸籍法を狙った訴訟は、「裏口からの別姓導入」の画策であると同時に、民法七五〇条という本丸を落とすための「露払い」と思えてならない。

〈『明日への選択』平成30年4月号〉