領土教育・「正解」を教えて何が問題なのか

 高等学校の学習指導要領の改定案が公表された。今年度中に正式決定され、順次教科書などが改訂される。「歴史総合」や「公共」(「現代社会」を再編)という科目が新設されることに報道は集中しているが、注目すべき点は他にもある。「公共」では「自国を愛し、その平和と繁栄を図る意図について自覚を深める」ことが目標とされ、地理歴史の目標にも「日本国民としての自覚、我が国の国土や歴史に対する愛情」を深めることが明記されたことである。歴史や現代社会など高校教科書の偏向には目に余るものがあっただけに、この目標に沿った教科書ができることを期待したい。

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 ところが、国民の自覚、歴史への愛情というと、それだけで反対だという人たちが出てくる。例えば、朝日新聞は、教科で大切なのは「学問的・客観的な事柄」であり、自国に対する愛情とか自覚といった「人の内面に関わる問題を紛れ込ませるべきではない」という(二月十六日社説)。「価値観を押しつけるな」と言うのである。

 偏向教師のおかしな価値観を押しつけられてはたまったものではないが、「日本国民としての自覚」や日本の「国土や歴史に対する愛情」は、歴史や地理の学習では当然教科書に記載され、教室で教えられるべき国民共通の価値である。それは単に教育論というだけでなく、教育基本法が教育の目標の一つとして掲げている「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する……態度を養うこと」に沿った考え方と言える。それを押しつけというのは偏向した教育観でしかない。

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 それがいかに偏狭なのかは領土の取り扱いを見ればわかる。新学習指導要領では、竹島は固有の領土であり、「尖閣諸島は我が国固有の領土であり、領土問題は存在しないことも扱うこと」と初めて明記された。

 これに対して、朝日は「政府見解を知識として生徒に伝えることは大切だ。だが『これを正解として教え込め』という趣旨なら賛成できない。相手の主張やその根拠を知らなければ、対話も論争も成り立たない」と反対している(同)。

 日本の主張を教え込むだけでなく相手の言い分も知りましょうというのだが、こんな領土教育は間違っている。領土の取得や確定には国際法に基づく条件や手続きがある。竹島も尖閣も、わが国は明治期にその条件をクリアし手続きを踏んでいる。歴史的事実からもわが国領土であることは確かである。まさに朝日が大切だとする「学問的・客観的な事柄」であり、逆に中国・韓国の主張にはそんな正当性はなく、竹島に至っては占領期の不法占拠が続いている。

 竹島・尖閣領有の正当性は決して「政府見解」という次元ではなく、正当性を備えた、まさに朝日の言う「正解」以外のなにものでもないのだ。この「正解」を「正解」として教えず、「相手の主張やその根拠」を併せて教えることは「間違った回答」を導くことになりかねない。

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 朝日は「新学習指導要領がめざすのは、主体的に考え、行動できる若者の育成」だとして、生徒と教師の自主性を強調する(同社説)。確かに自主性は大切だ。しかし、「学問的・客観的な事柄」を踏まえず、「日本国民としての自覚」や日本の「国土や歴史に対する愛情」のない自主性を強調して、どうしようというのか。

 教育基本法は教育の目的は「国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成」にある(第一条)と定めている。朝日流の教育観のもとでは、とても健全な国民育成などできないことは自明ではなかろうか。偏狭な教育観を振り回して日本の教育をダメにしてきたのは何も左翼組合だけではない。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成30年3月号〉