解散・総選挙 憲法改正へ局面転換に打って出た首相

 拙稿は締め切りの関係で、安倍首相が解散に関わる正式な記者会見をする前に書くこととなった。会見の内容を確認することなく、今回の解散の意味を勝手な推測で解釈するというのは不本意なことではあるのだが、その点はここは何卒お許しいただきたい。

 最初に結論をいえば、今回の決断はやはり憲法改正を首相としてギリギリに考えての結果ではないか、ということだ。理由は以下の通りだ。

 首相の力の源泉は何といっても選挙に圧勝し続けてきたことであった。にもかかわらず、この春以来の「森友・加計問題」を利用した反安倍派の策動により、支持率は二〇%台に落ち込み、都議選ではかつてない惨敗を余儀なくされた。これを見て、これは安倍政権の「終わりの始まり」であり、憲法改正はこんな中ではもはや無理、というのがメディアと永田町の新たな認識となったといえる。

 むろん、そんな中で、自民党内、あるいは公明党内が早速微妙に蠢き始める。安倍首相提案の9条加憲案に対する反対、もしくは議論に公然と疑義を唱える動きだ。それだけではない。「ポスト安倍」をめぐり、まさに「五月蠅(さばえ)なす」状況も顕著となった。

 こうした動きを放置したままで、いかに自民党内の改憲案づくりを進めたところで、首相の党内掌握力がますます劣化していくのは避けがたい。それだけではない。これがそのまま来年に持ち越されて九月の総裁選となり、仮にこれが勝利となったとしても、圧勝でなければむしろ政権としての力は低下するだけだ。加えて、その流れで総選挙となれば、それこそ三分の二の維持だって難しい。

 とすれば、むしろここで解散して局面転換に打って出ることにより、かかる状況を打開し、もう一度憲法改正への主導権の再構築を図るという道もあるのではないか、と首相は考えたということである。大きなリスクはあるが、考えてみればこれしかないのではないか、との判断だ。

 これを後押ししたのが、各方面から指摘される最近の政権支持率の回復だの、民進党の混乱だの、新党の準備不足だの、という諸材料ではないか。しかし、確認すべきはこれが先ではなく、あくまでも首相の憲法改正への意欲の方が先だということだ。つまり、これはまさに「大義」のための解散そのものなのだ。

 と同時に、加えて考えるべきは、北朝鮮の問題だ。今後この北朝鮮の問題がどのような展開となっていくかはむろんわからない。しかし、来年となれば、それこそ軍事オプションという事態だって考えられなくもない。とすれば、来年は必ずどこかで解散しなければならないとすれば、ならば今年やってしまった方が今後の政策フリーハンド維持のためには良いのではないか、との判断もあったはずだ。

 むろん、それだけではない。首相にはこの北朝鮮の問題を前に、この日本は果たしてこのままでよいのか、と考える強い問題意識もあったように思う。これは憲法改正の問題意識とも重なるが、今後もこの最も大切な安全保障の問題をまともに議論することすらできない日本でよいのか、あるいはそのような国会でよいのか、との思いだ。

 もちろん、かかる首相の決断に対して、メディアや野党は再び「森友・加計問題」のキャンペーンで反撃に出てくるのであろう。もはや彼らにはこれしか対抗の材料はないからだ。とすれば、むしろこの点をこそ反撃のポイントとすべきではないか。この重大時に、それしかいうことはないのか、という反論だ。そうでないというのなら、外交・安全保障に対する対案、憲法改正に対する見解を示してほしい、と問い返すのだ。

 いずれにしても、この総選挙の意義は限りなく大きい。憲法が初めて主要争点となるからだ。勝利あるのみ。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成29年10月号〉