朝日が報じないところに真実がある

 いわゆる加計学園騒動を巡る国会の閉会中審議で、「行政が歪められた」という前川前文科次官と「歪められた行政が正された」という加戸前愛媛県知事の参考人二人の発言に対するメディアの偏向には呆れ果てた。朝日新聞をはじめとしたいくつかの新聞は前川氏の発言のみを紹介し、加戸氏の発言は一行も記事にしなかった。テレビは前川氏の発言は二時間三十三分四十六秒も放送したのに対して、加戸氏の意見はたった二分三十五秒だった(放送法遵守を求める視聴者の会による)。

 「報道する自由」ならぬ「報道しない自由」というらしいのだが、「安倍叩き」に都合の悪いことは「報道しない」ということでしかない。こんな偏った報道によって、世論の流れが作られ、それが選挙結果にも反映するというのでは民主主義は歪んでしまう。

*          *

 それにしても、メディアの勝手な主張にとって「不都合な事実」が報道されないことによって日本がいかに損害を被ってきたか。歴史認識問題を見れば明らかだろう。

 古いところでは昭和五十七年の教科書事件。教科書検定によって「侵略」が「進出」に書き換えられたという朝日新聞の誤報が発端となって外交問題に発展し、教科書検定にあたっては近隣諸国の国民感情に配慮するなどという検定基準まで作ってしまった。誤報というだけでなく、朝日の社内では「誤報」だと気付いていたにもかかわらず「誤報」の事実を報道しなかった結果でもある。

 慰安婦問題では、日本が強制連行して「性奴隷」としたなどという非難を受ける事態も起ったが、その発端は、ソウルで慰安婦が名乗り出たという朝日新聞の記事であり、朝日がこの人物が「キーセンとして身売りしていた」という事実を報道しなかったことにある。

 要するに、日本の戦争は「侵略」であり、慰安婦は日本が強制連行したという朝日の主張(むしろ思い込みと言うべきだろう)に都合の悪い事実は報じなかったということである。

*          *

 この八月も、いわゆる「徴用工」問題を巡って、韓国が五十年近く維持してきた「徴用工」問題は解決済みとの立場の変更を示唆した文在寅大統領の発言に対しては、朝日を含めた各紙が批判の社説を掲げたが、朝日は肝腎なことを書いていない。社説では「日本政府は1965年の請求権協定で、すべての問題が解決したとしてきた」(八月十七日)と書いたが、この協定で日韓両国が合意したのは「完全かつ最終的」な解決だったことには、関連記事を含めてまったく触れていない。

 慰安婦問題に関する日韓合意も同じだ。八月十日の社説では、日韓合意で日本政府が十億円を出したことには触れているが、この合意が「最終的かつ不可逆」な合意であることは書いていない。

 朝日新聞は、慰安婦問題では「慰安婦の心を癒す」ことが、また「徴用工」問題については「わだかまりをほぐすための方策を探り続ける」ことが日本側の責務だと言う(最近の社説から引用)。日本の対応はまだまだ不足しているというわけだが、だとすれば、「徴用工」問題が「完全かつ最終的」に解決され、慰安婦問題が「最終的かつ不可逆」の合意に至ったというのは不都合な事実でしかない。何やら社論にとって不都合な事実については「報道しない自由」を行使するという「社是」があるように思えてならない。

 安保政策では朝日の主張と反対のことをすればよいと言った識者がいたが、今や朝日が報道しないところに真実があると考えるべきなのだろう。そうだとすれば、加計学園騒動では朝日が一行も報じなかった加戸前知事の「歪められた行政が正された」との主張が正しいということになる。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成29年9月号〉