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2007年2月13日(火曜日)

米国議会は「元慰安婦証言」を検証する責任がある

米国議会「慰安婦決議案」問題

米国議会は「元慰安婦証言」を検証する責任がある

15日に下院アジア太平洋小委で公聴会

 米下院に新たな「慰安婦」決議案が提出されたと思ったら、今度は決議案が提出されている国際関係委員会のなかのアジア・太平洋小委員会で、2月15日に公聴会が開かれるという。展開は想像以上に早い。

 この公聴会だが、誰が登場するのかというと、小委員会のHPによれば、第1部ではマイク・ホンダ議員が趣旨を説明し、第2部が元慰安婦の証言。ここでは元慰安婦という韓国人の二人とオーストラリア在住のオランダ人が決まっている。そして最後の第3部では、ミンディ・カトラー、ソ・オクチャという人物が話をすることになっている。

 最初に出てくるマイク・ホンダ議員は、いうまでもなく、この決議案の提案者。日系人だが、廃案となった昨年の決議でも熱心な推進者であり、カリフォルニア州議会時代には「慰安婦」「南京事件」などを理由に日本に謝罪要求決議を行った人物としても知られる。最後に出てくるミンディ・カトラー女史は日米ビジネスのコンサルタントだが、慰安婦の証言を頭から信じて疑わない左翼だという。最後のソ・オクチャ女史(徐玉子)こそ、ワシントン挺身隊問題対策委員会の会長で、慰安婦決議案推進の本体とも言える人物である。その意味で、慰安婦決議騒動の主人公が一堂に会する公聴会とも言える。

 では、証言者である元慰安婦とはどんな人物なのかというと、韓国人は、金君子(キム・クンジャ)、李容洙(イ・ヨンス)の二人、オランダ人はジャン・ラフ=オハーンという人。

 実は、共通項がこの3人にはある。3人ともバウネットが主催した、あの「女性国際戦犯法廷」の登場人物だからである。日本政府に謝罪どころか、責任者処罰を要求した、あの茶番劇に登場したくらいだから、ほぼ何を主張するのか想像ができよう。

 しかし、証言は事実に基づかなければならない。ましてや議会での証言である。その意味で、オランダ人の証言は別として、二人の韓国人がいかなる証言をするのか、興味深い。というのも、この二人は日本での集会で話したり、朝日新聞などに何度も登場しているのだが、その都度、証言内容が違うからである。

 われわれのデータベースから一例をあげると、金君子という人物は、朝日新聞の昨年2月26日(大阪・朝刊)では紹介されている。

 ……金君子(キムグンジャ)さん(79)。「私は天涯孤独。この世に生きて、何も残すものがない」と、硬い表情で天井を見つめた。
 幼い時に両親が死んで養女に。17歳の時、家に朝鮮人2人が来た。「工場で働かせてあげる」。列車で連行されたのが旧ソ連国境近くの中国・琿春。慰安所だった。

 この記述から考えられるのは、親が業者に売ったか就職詐欺かのどちらかである。それを「連行」と書き、その主語をぼかすところが朝日らしい。

 ところが、北海道新聞(平成17年6月23日)では、

 幼いとき両親をなくした金さんは、六十数年前、日本植民地時代の韓国江原道で、養女に出された。ある日、養父から「お使いに行っておくれ」と言われて、汽車に乗せられた。女性たちがたくさんいて、兵隊の姿も見えた。

 この記述ではかなりぼかされているが、朝日新聞が書いた朝鮮人二人は消えてなくなっている。さらに、ネット上には、こんなふうに証言したという記録も出ている(平成17年11月「東京の高校生 平和のつどい」)。

 私は10歳で父、14歳で母を亡くし、孤児でした。あの頃はみんなそうでしたが、大変な暮らしで、他人の家に働きに出て日銭を稼いでいましたが、16歳の時、チョロンの巡査の養女になりました。……1942年3月、養父に「お金を稼げるところがあるから」と言われて、朝鮮人の軍人に連れて行かれました。

 ここで登場する「朝鮮人の軍人」もあり得ないし、軍人が「お金を稼げるところ」に連れて行くなどいうことはあり得ない。要するに官憲の存在を示唆したいのだろうが、しかし、この話は前の二つの話とははっきり違う。

 いずれにしても、慰安婦の切っ掛けとなった状況が、あるときは「工場で働かせてあげる」であり、別のときには「お使いに行っておくれ」、「お金を稼げるところがあるから」と変わっていることは事実である。ただし、いわゆる「官憲による強制連行」でないことは間違いないといってよかろう。

 次の李容洙という人はかなり詳細な証言がある。最初のものは、元慰安婦による「証言」といわれるものの嚆矢である韓国挺身隊問題協議会が行った証言記録に収録されている(1992年に採録。以下92年証言と略)。一方、最近の証言もある。例えば、ネット上に出ている一昨年4月の証言集会での記録がある(以下、05年証言と略)。しかし、この二つには大きな違いがいくつもある。ポイントをしぼって紹介すると、例えば、家を出る経緯は92年証言ではこうなっている。

 一九四四年、私が満十六歳の秋のことです。(略)……それから何日かたったある日の明け方、プンスン(引用者註・友人で「飲み屋」の子ども)が私の家の窓をたたきながら「そうっと出ておいで」と小声で言いました。私は足音をしのばせてそろそろとプンスンが言う通りに出て行きました。
 母にも何も言わないで、そのままプンスンの後について行きました。……行ってみると川のほとりで見かけた日本人の男の人が立っていました。その男の人は四十歳ちょっと前ぐらいに見えました。国民服に戦闘帽をかぶっていました。その人は私に服の包みを渡しながら、中にワンピースと革靴が入っていると言いました。包みをそうっと開けてみると、ほんとうに赤いワンピースと革靴が入っていました。それをもらって、幼心にどんなに嬉しかったかわかりません。もう他のことは考えもしないで即座について行くことにしました。私を入れて娘たちが全部で五人いました。

 貧しさゆえに、友人の慫慂に応じ、女衒に着いていったという話である。ところが、05年の証言では、筋書きが変わってくる。

 私はいつも母と一緒に寝ていたのですが、ある日の夜寝ていたら、コソコソと音が聞こえました。起きて見てみたら、ある女性が首のほうに何かを突きつけられながら、こちらを覗いていました。それでそこをよく見てみたら、帽子を深くかぶった軍人が立っていました。その女性が、私を見て何も言わずに手振りで私を呼んでいたので、私は怖くなり、部屋を出て外の居間のところで座っていました。するとその女性と軍人が一緒に居間まで入ってきて、その女性が片手で私の肩を抱いて、もうひとつの手で口を塞いで私を連れて行きました。その時軍人が、私の背中に何かを突きつけていました。そういう風に私は連れ去られていきました。

 「赤いワンピースと革靴」がほしくて、友達の誘いに応じて「国民服」を着た日本人、つまり民間人について行ったという話が、知らない女性と軍人が家の中まで入ってきて、女性には手で口を塞がれ、軍人には背中に何かをつきつけられて連れて行かれたという、まったく違う話に変わってしまっている。

 また、この人は結局、大連から台湾へと渡るのだが、そこでの待遇も92年には、

軍人たちに殴られたことはありませんが、経営者にはたくさんぶたれました。

と証言していたのだが、05年になると、

 倉庫の扉を開けてみると、大きい丸いテーブルと小さい丸い椅子がありました。そしてそこへ、(引用者註・軍人が)私を押し込みました。
 入った途端に髪をつかまれて、椅子に座ろうとすると、石よりも硬い軍靴で私の腰を蹴飛ばしました。蹴られたときに内臓がえぐられたように痛くて、床に横たわっていると、また髪の毛をつかまれて、椅子に座らされて、刀で太ももの肉をえぐられました。

と変わっている。

 さらに、もう一人の証言者であるオランダ人女性についても触れておきたい。この女性の証言は既にいくつか出ているが、それが事実だとすれば、彼女はいわゆる「スマラン事件」という強制売春事件の被害者だということになる。この事件は、日本の占領下にあったインドネシア・ジャワ島で起こった事件で、現地の第16軍は本人の明確な同意のもとに慰安所の開設を許可していたが、一部にそれに違反した部隊があり、抑留されていたオランダ人数十人が強制売春をさせられたというものである。ちなみに、オランダ外務省が1994年に議会に提出した公式報告書では、当時日本軍の慰安所で「自主的」に働いていたヨーロッパ人女性は二百から三百人いたという。

 ただし、この慰安所は二カ月後に事実を知った第16軍によって直ちに閉鎖させられている(また、戦後の戦犯裁判では、関係者は死刑を含めた重罰が科せられた)。つまり、スマラン事件は軍の命令に違反した行為であり、軍が強制的に売春を行うことを禁じていたという証拠でもある。むろん、こうした不法行為を含めて日本・オランダ間での戦後処理は完全に終了している(日本・オランダ議定書)。

 今、どの証言が正しいのかと論議をするつもりはない。すくなくとも、証言は客観的な検証を経なければ決して議論の基礎となる歴史資料にはならない、というシンプルな事実を提示したいということである。

 マイク・ホンダ議員は、慰安婦に「正義」をもたらすために決議を行うのだと公言している。ならば、元慰安婦といわれる人たちの証言に対して、公聴会ではきちんと検証されることを希望したい。少なくとも、米国下院の示す「正義」が、かくもいい加減な証言にのうえにたって同盟国日本の首相に謝罪を要求するのであれば、それは米国議会の権威を貶めるだけなのだから。


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